大迷惑




朝目を覚ますと、傍らにはジェレミアがいた。
昨夜一緒に寝たのだから、いても不思議ではなかったが、ルルーシュは首を捻る。

―――なんか寝る前に言われたような気がするが・・・はて?

ジェレミアがベッドに潜り込んできて、抱きつかれたまでは覚えている。
「鬱陶しい」と言った記憶はあった。
しかし、その後のことは曖昧で、ジェレミアに何か言われて自分もそれに返した記憶はあるのだが、はっきりしない。

―――・・・ま、いいか。

記憶にないということはたいしたことではないのだろうと、勝手に決め付けて、ルルーシュは自分の身体を未だ抱いているジェレミアの腕の中からの脱出を試みた。
気持ちよさそうに眠っているジェレミアを起こさないようにと、気を遣ってそっとその腕からすり抜けようとしたルルーシュの身体がぎゅっと締め付けられる。
一瞬起きているのかと思い、ジェレミアの寝顔を確認すれば、目を覚ました気配は感じられない。
無意識のうちに、離れようとするルルーシュを抱きしめる腕に力を加えたようだった。
上からすり抜けることが不可能ならば、下から出るしかない。
もそもそと這い蹲って下へ下へと移動するルルーシュはなんだか自分が情けなくなった。

―――なんで自分のベッドから降りるのに、こんな苦労をしなければならないのだ!?

もはや眠っているジェレミアを気遣っている余裕はない。
さっさとそこから逃れようともがくルルーシュの手首をジェレミアに不意に掴まれて、ぐいと身体ごと引き上げられる。
驚いて、改めてジェレミアの顔を確認すれば、やはり起きている気配は見受けられない。
ルルーシュの努力は虚しく水の泡と消え、ほぼ元の位置に戻されたその身体をジェレミアの腕が更に強く抱きしめる。

「く、苦し・・・」

眠ったままのジェレミアは力の加減をしていない。
このままでは本気でジェレミアに絞め殺されかねないと、焦りを感じたルルーシュは締めつける腕の中でじたばたともがいた。
しかし力の差は歴然としていて、どうもがいてみたところでそこから自力では抜け出せそうにない。
まるでぬいぐるみでも抱いているかのように、ルルーシュの髪にすりすりと頬ずりをするジェレミアに、沸沸と怒りが湧いてくる。
なんとか腕だけそこから抜いて、眠っているェレミアの鼻をぎゅ〜っと摘む。
息が苦しいのか、酸素を求めるようにジェレミアの閉じていたくちびるが僅かに開いた。
それでも瞼は閉じたままで、効果はあまりないようだった。
鼻は諦めて、ルルーシュの手がジェレミアの耳を掴む。
それを思いっきり引っ張ると、ジェレミアの顔が苦痛に歪んだ。
これなら起きるだろうと期待したルルーシュだったが、耳を掴んだその手をジェレミアに払われて、それも虚しい努力と消えた。

―――・・・こいつ、本当は起きているんじゃないか?

本当は目を覚ましていて、日ごろの仕返しとばかりに自分に嫌がらせをしているのではないかと疑ってはみたが、主君に対して「馬鹿」がつくほど従順で「糞」がつくほど真面目ななジェレミアがそんなことをするはずがない。
しかしいくらなんでも寝起きが悪すぎる。
ルルーシュの身体を締め上げるジェレミアの力が、いよいよ生命の危機を感じさせた。
身体が軋んで息をすることも辛い。

「い、いい加減に、目をさ・・・」
「ルルーシュさま・・・愛しています・・・」

怒りを露にして怒鳴りかけたルルーシュは、その声を遮って聞こえてきたジェレミアの言葉にぎょっとした。

―――な・・・なにを言っているんだ・・・こいつは?

ルルーシュを抱きしめる腕の力が僅かに弱まり、ジェレミアはまたルルーシュの髪に頬ずりをする。
「そういえば」と、ルルーシュの脳裏に、消えていた昨夜の記憶の続きが甦った。
ルルーシュを背中から抱きしめたジェレミアは確かに「愛しています」と言っていた。

―――ジェレミアの言葉に、俺はなんと答えた・・・?・・・ああそうだ。

眠気に襲われて半分夢の中にいたルルーシュは、ジェレミアの愛の告白に「どーもありがとう」と、いい加減な返事を返したことを思い出した。

―――お、俺はなんという返事をしてしまったのだ〜ッ!?こいつは絶対に思い違いをしているぞ!・・・そ、そうでなければ、こんなに俺に執着するはずがない!冗談じゃない!!冗談じゃないぞッ!!なんで俺がこんなやつの愛を受け入れなければならないのだ!?俺はこいつのことなどなんとも思って・・・・・

ルルーシュの思考はそこで止まった。
そして眠っているジェレミアの顔を見る。

―――・・・そうだ、俺はこいつのことなんかなんとも思っていないんだ。

「好き」だの「愛している」だのとジェレミアが勝手に言っているだけで、ルルーシュはそれに「ありがとう」としか言っていない。
一言もジェレミアを「好きだ」とは返していないのだ。
ジェレミアがルルーシュの「ありがとう」と言った言葉をどう理解したのかは、今のジェレミアの寝顔を見れば一目瞭然だ。
だったらそれを利用しない手はない。
ジェレミアの幸せそうな寝顔を見ながら、ルルーシュの顔に暗い笑みが浮かんだ。
冷静さを取り戻したルルーシュの頭脳は、どうしたらジェレミアが腕を離すのかを瞬時に弾きだす。

「ジェレミア」

少し低い声で名前を呼ぶと、眠っているはずのジェレミアの身体がぴくりと反応した。
無意識の中でも声には反応することを確認して、ルルーシュは「手を離せ!」と、ジェレミアに命令する。
すると、ルルーシュの予想通りに、ジェレミアの腕がすっと離れた。
眠っていても所詮「ジェレミア」なのである。ルルーシュの命令には従順なのだ。
なぜそれにもっと早く気づかなかったのか。
ルルーシュは自嘲めいた笑みを零して、開放されたジェレミアの腕の中からさっさと抜け出した。





朝食を運んできた咲世子にもう一人分の食事を頼んで、ついでに用意しておいたメモを渡す。

「あの・・・これは?」
「すまないが至急手配してくれないか?」
「・・・それは構いませんが・・・」
「用意するのにどれくらいかかる?」
「・・・そうですね・・・。特注品になりますから2〜3日はお時間をいただきませんと・・・」
「ああ、それくらいなら構わない。できるだけ早めに頼む」
「かしこまりました」

頭に「超」がつくほどご機嫌なルルーシュの様子に咲世子は首を傾げる。

―――・・・一体こんなものを何にお使いになるのでしょう?

首を傾げつつも渡されたメモを持って、咲世子はいそいそと部屋を後にした。
一人部屋に残されたルルーシュは、朝食を口に運びながらニヤニヤと笑っている。
頭の中は自分の考えた「楽しい計画」のことでいっぱいのようだった。


それから数十分後。
ジェレミアが目を覚ました時にはルルーシュの姿は部屋から消えていた。

―――し、しまった!私としたことがなんという失態を・・・!

臣下が主君より遅く起きるということなど、真面目なジェレミアにとってはあってはならないことなのだ。
幸せ気分に頭のてっぺんから爪先までどっぷりと浸かっていたジェレミアは、うっかりと寝坊してしまった自分の失態を悔やんだ。
しかし、今更それを悔やんでも、詫びる相手はそこにいない。
諦めてダイニングでしばらく呆然としていると、咲世子がルルーシュに頼まれていたジェレミアの朝食を持って現れた。

「・・・ルルーシュ様はどちらへ?」

とりあえずルルーシュの行き先を確認する。

「ルルーシュ様でしたら、今朝は大変ご機嫌がよろしかったご様子で、珍しく授業を受けると仰って出て行かれましたよ?」
「そ、そうか・・・」

「授業」と聞いてジェレミアは少し安堵した。
もしルルーシュが重要な会議や打ち合わせの為に出て行ったのだとしたら、それはジェレミアの更なる失態である。
しかし、行き先が学校ならばジェレミアは不要だ。
安堵の息を洩らしたジェレミアの顔を咲世子が不思議そうに見つめている。

「・・・なにか?」
「あの、お着替えをご用意したのですが、こちらへお持ちしてもよろしいですか?」
「・・・すまない。世話をかける・・・」
「ルルーシュ様のご命令ですから」

にっこりと微笑んではいるが、咲世子の言葉には鋭い棘が感じられた。



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